HFEA 英国の機関(2)
- makiyama@allgovern.com
- 3月2日
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更新日:3月16日
第8回
(3)HFEAの役割
HFEAの果たす機能には、生殖補助医療及びヒト胚研究を実施する施設や社会を対象として以下があります。
① ライセンスの付与及び更新
② 査察
③ 実施規範(Code of Practice、ガイドライン)の策定
④ 胚と配偶子の保存の管理・実施に係る情報の管理(法律と実施規範に基づく)
⑤ 広報と情報提供:調査研究機能(情報の収集・蓄積と社会や関係施設に対する提供)
⑥ 行政施策策定の支援、施策の提案
⑦ 苦情・問題処理
などがあり、これら果たすべき機能に対応できる体制が整えられています。
以下で主要な機能について概観していきましょう。
1)ライセンスの付与及び更新
生殖補助医療に関わるライセンスは、「治療」、「保管」、「研究」の3つのカテゴリーで施設ごとにライセンスが付与されます。2004年8月現在で、生殖補助医療実施施設を中心に108の施設が許認可を受けライセンス登録がされていました。うち、治療と研究双方を行う施設が17施設、研究のみは7施設です。なお、治療施設のうち、わが国で議論のある着床前診断(胚の遺伝子検査)を行っている施設が8施設でした。
まず、生殖補助医療の臨床はHFEAによるライセンスを得て初めて実施できます。病院・クリニック等がHFEAによる許認可を受けるためには、実施に係る責任者・施設が実施規範(Code of Practice)に示された資格・要件を満たす必要があり、施設設備や実施方法、あるいは技術の確保や、施設の運営・質の管理の確保が求められます。なお、2002年には、認可された治療施設において体外受精の施行は25,273周期で、出生5,513でした。
また、ライセンス制度は、詳細な報告義務や査察制度(後述)を伴っており、それに基づく評価によって、不認可とされたり、認可を取り消されたりするクリニックもあります。したがって、生殖補助医療の実施に関しては、時にライセンスを巡って、また、実施の適不適を巡るHFEAの監督権利を巡って、訴訟になるケースもあります。また、認可されない、あるいは英国でのライセンスを取り消されたクリニックの中には、例えば米国に移って開業する診療所の例などもあるといいます。こうした意味でも患者本位にクリニックの技術水準を確保しているといえます。件数としては、最初の9年間で2施設の取り消しがあったといわれています(ブリンスデン 2000)。
一方、研究については、1991年以来(2004年時で)156件の研究申請があり、124件が承認され、30件の研究が稼動中です。この中には、10件のES細胞関連研究、3件の単為生殖関連研究、1件のクローン技術関連研究を含みます。
HFEAに申請される研究課題は、まず研究実施機関外の倫理委員会の審査(例えば、公的倫理委員会LREC(英国では保健省のNHSの管轄下にResearch Ethics Committees (REC)と呼ばれる独立の倫理審査・助言機関のシステムを有しており、LRECは、その中で地域ごとに配置されたもの))を経た上で提出され、HFEAでは専門家のレビュー(ピアレビュー)が行われた後に、委員会で審査されます。ピアレビューのために45名の専門家が登録されていました。
なお、ES細胞に関しては、ヒト胚から樹立されるまではHFEAの監督の範囲ですが、いったん樹立された後の使用には関与しません。また、2002年に英国の公的医学研究の予算管理を行うMRC (Medical Research Council)において幹細胞バンク“UK Stem Cell Bank”が設立されました。
上記にみられるとおり、HFEAはライセンス制度によって、ヒト胚に関わる診療及び研究の質的水準を確保しています。
・ライセンスの更新
従来、ライセンスは1年毎の更新でしたが、2004年調査時では実績のある施設に関しては3年毎とする方式に変更されました。ライセンス審査のために3年毎に行う従来型の査察調査(後述)に加え、暫定的調査(interim inspection)と呼ばれる小規模な調査が(本調査と同様な方式で)毎年実施され、前回調査に基づいた重点的項目についてのみ調査されています。
2)査察
実施施設の査察は、HFEAメンバーをリーダーとする調査チームが、予告なしに施設を訪問して行う調査が中心です。チーム構成として、医師、科学者、他の領域に従事する者(カウンセリング、看護等)、及びHFEAの幹部スタッフからなるように構成されており、こうしたチームを組むため、臨床的観点から医師や医療関係者31名、また、胚の取扱い(生検)の観点から5名、科学研究の観点から23名、倫理的社会的観点から15名、その他2名の延べ76名が査察担当となっています。査察調査には実施要領(Inspection protocols)(非公開)が作成され、適宜改訂されつつ用いられています。(なお、予告なしの査察は、英国においてこれが最初ではなく、内務省の管轄で動物愛護の観点から行われていた実験動物に関する調査も同様のやり方であったそうです。)
3)実施規範の策定
HFEActに基づきHFEAにおいて策定される実施規範は、実施施設が臨床・研究を実際に行う際の手順の在り方が示されます。この実施規範の基本理念で特に重視されるのが「生まれてくる子の福祉」を守ることです。この原則に従い、①研究実施者について、②実施施設基準、③子の福祉、④ドナーの要件、⑤秘密保護、⑥情報提供、⑦インフォームド・コンセント、⑧カウンセリング、⑨配偶子と胚の使用、⑩配偶子と胚の保存、⑪研究、⑫報告、⑬苦情申し立てについて、それぞれ規定されています。
実施規範はHFEAで策定され、所管の保健省大臣(閣内相)の承認を得て効力を発する。本書発行時点に運用されていたのは9版(2019年発行)です*。
*:なお、本書の基礎となった報告調査時点においては2004年3月から運用されていた第6版が用いられていて、その後2007年発行の第7版に移行していました。最新版は2022年7月1日に発効した配偶子と受精卵の保存に関する新しい法律(Health and Care Act 2022, SCHEDULE 17, Storage of gametes and embryos)に対応して2023年に改訂版が発せられる予定となっています。
4)胚と配偶子の保存と管理・実施に係る情報の管理
HFEAの管理はライセンス等による実施者と実施施設の管理、すなわち「人的管理、施設・設備の管理」に留まらず、実際に使用・保存される胚と配偶子の管理すなわち「材料とデータ・情報システムに係る管理」にも及びます。
それらの管理の中で、人的管理では、各実施者の経験・教育・資格などの情報などが管理されます。作成・保存される胚や配偶子については、個々の事例が記録され、例えば胚では、胚の一つ一つの情報が管理されます。
以下はそのような個々の胚等の情報をもとに作成されたデータの一例です。

実施機関の胚と配偶子の管理実態調査が適宜行われ、2006-2007年期においては、224事例について調査を行い、うち3例については警告を行っています。また、137件の患者からの苦情に対する処理が行われました。
5)広報と情報提供:調査研究機能
HFEAは、生殖補助医療、ヒト胚研究における継続的な情報収集、蓄積、分析を行い、公衆や政策決定者に情報を提供する調査研究機関でもあります。また、定常的に法的・倫理的問題を検討する検討機関です。特に調査研究機能は、HFEAの行う広報や情報提供、実施規範の策定、また、査察やライセンスにおける適正な判断の基盤を成す重要な機能であるといえます。さらに、調査研究機能は、同機関の歴史のある規制管理の実績・経験により裏打ちされています。例えば、実施施設より得られたデータ情報をもとに、専門家の協力を得て、生殖補助医療を受ける患者を対象としたガイドブックが作成されています(2004年時ではHFEA Directory of Clinics:Your guide to Infertility 2003/04、あるいはThe Patients’ Guide to IVF Clinics Provisional Data 2002。後者は各診療施設の詳細で具体的な最新データを収載して情報を提供。治療成績や患者数等も明確にされています)。
それにより、許認可においても、科学的、医学的、心理的、社会的、倫理的視点から、合理的に検討する基盤を備えており、個々の事例に対する卓越した判断に結びついているといわれています。
6)行政施策策定の支援
HFEAは保健省に対して、政策・法令の原案の策定や、現場での実施に関する助言を行っています。また、HFEAは生殖補助医療やその研究が関連する様々な課題について社会におけるルール作りの基礎となる活動、すなわち、社会との情報の共有を図る取組み、社会からの意見を汲み取るための討論会など、施策の方向性を決定する際の基盤となる一般市民との協働的意思決定プロセスの始まり部分を担っています。それぞれの課題に対する規制のあり方については、随時、これらの活動(Public Consultation)の結果を踏まえた報告書を発行しています。例えば、「ハイブリッド・キメラ胚」、「研究への胚の提供」、「子どもの福祉」、「性の選択」、「着床前診断」あるいは、「ライセンス料」等々について、公開討論会等を行って社会の意見を聴取した上で規制のあり方について取りまとめており、これら報告書は行政における政策の素案としての役割を果たしています。
また、様々なステークホルダー(関係機関等)との緊密な連携を行っており、例えば、保健サービス委員会(Healthcare Commission:国営保健サービス(NHS)や医療機関の監視を行う機関)と連携して査察調査を行うなどもなされています。加えて、EUにおいて運用が開始予定の人体組織管理に係る機関(The European Union Tissue and Cells Directive (EUTD))の施策についても貢献しているといわれています(HFEA Annual Review 2006-2007)。
7)苦情・問題処理
HFEAは上記のとおり様々な権限を有する一方、その行使した内容に関し、責任をもって対応する義務を負います。すなわち、HFEAは社会からの厳しい監視の矢面にも立つ機関です。
例えば、移植すべき胚の取り違えによって白人夫婦に黒人の子が生まれた診療所の医療ミスに対してHFEAの責任が問われています。また、当時一例として、サラセミアという遺伝性の血液の病気の子供がいる夫婦が、次子を得るに際して、着床前遺伝子診断をして胚の選別後に健常な子を生み、さらに、その子の臍帯血を前の子供の疾患治療に用いようとした。HFEAはこの計画を認可しましたが、CORE (Comment on Reproductive Ethics)というカトリック系の圧力団体がこれに反対して告発しました。法廷闘争の結果、裁判ではHFEAが敗訴し、本計画は差し止められることとなりました (2002年12月20日BBC News World Editionより)。
(続く)
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