top of page

牧山康志
国政のガバナンス広場
​ブログ

検索

HFEA 英国の機関 (1)

  • makiyama@allgovern.com
  • 2月25日
  • 読了時間: 9分

更新日:2月26日

第7回  

1 新たな課題と制度的解決

 

 2004年当時、「人体組織の利用」は「生命の資源化・道具化」であるという言われ方がなされたり、「ヒト受精胚はヒトかモノか」という議論がなされたりするように、生命倫理の諸課題の中で人体やその臓器、組織、細胞を人工的に取り扱うことについては、個人によって是非の判断や倫理観が異なっていました特に、体外受精の実現を目的に発達した技術を用いて胎内で発育すれば一人の個人にまで成長し得る「ヒト受精胚」を体外において人工的に作成し、使用する際の取扱いについては、個人の倫理観の相違から、(保護と研究目的を含めた使用とを巡る)合意形成が困難でありました。

 

 また、同時に人の胚をシャーレの中で取り扱う技術は、人それ自体の発生を遺伝的に加工することの可能性をも意味していました。こうした技術的に可能であることと、社会が実施を許容するかということとの整合を確立するため、対立を調整し、社会が許容する範囲を明確にすることが不可欠であり、国により法律等で規制が行われるようになりました2)。

このように社会に不一致な考え方が存在する状態でありながらも、科学技術の発展によりもたらされた恩恵ある新規の課題、といえるこのヒト胚(受精、核移植などで発生を始めたヒトの初期胚)の取扱いについて、ここでは先陣を切った英国における対応をみていきます。ヒト受精胚からのES細胞(すべての臓器形成の元になれる幹細胞・多能性幹細胞)樹立を許容し、研究目的でのヒトクローン胚の使用に門戸を開く英国。同国のヒト胚取扱い管理機関について俯瞰することはすなわち、新たに登場した「受精胚をどのように取り扱うか」、という生命科学技術ならびに社会における課題に、どのように向き合い、問題の解決を図ったのかの軌跡をたどることであり、新たな社会的課題への政治的な対応の在り方、解決策としての機関形成のあり方をみることとなります。

 英国は、本分野の研究において先駆的な地位を占めと同時に、当該問題に対する制度的対応において最も長い歴史を持つ国です。

 なお、同国においてヒト胚管理制度確立後に成立した「ヒト組織に関する法律(Human Tissue Act 2004)」に基づき、ヒト組織についてもヒト胚における制度と同様な制度的枠組みの採用・普及がみられ、英国が受精胚の取り扱いという新規の課題に対して打ち立てた制度が、その後の課題解決における基本骨格として同国における定着を伺わせるものであると考えます。

 


2 英国のヒト胚の管理制度の成立


(1)ヒト胚の体外における人工的な取扱いの始まり

 1978年に英国において世界で初めて体外受精児(Louise Brownと呼称)が誕生して以来、生殖補助医療は世界中に広まりました。

生殖補助医療において、その後次々と導入された新たな技術の中には、顕微鏡下で精子を卵子に注入する「顕微授精」や、男女生み分け、体外受精で作成した胚の遺伝子診断を行う着床前診断などがあり、さらにはヒト胚を用いたES細胞樹立など再生医療研究の関連も加わったほか、遺伝子組換え技術やクローン技術など、周辺の生物医学の発展と相俟って、ヒトに対する生命工学的な操作の実施の是非は、社会における関心と懸念とを生じさせてきました。今では山中博士の開発したiPS細胞が人工的な細胞として存在していますが、当時は多能性幹細胞として取扱いが確立されていたのは初期胚(胚盤胞)から将来胎児になる細胞集団(内部細胞塊)の細胞を取り出し、あらゆる細胞に分化できる能力(多能性)をもったままシャーレの中で培養し続けることができるES細胞のみでした。

 また、非配偶者間の人工授精や、他人からの胚の提供、あるいは、代理母や借り腹といった方法は、従来の社会規範、秩序、あるいは社会的慣習の枠組みに収まらない様々な局面を生じさせました。例えば、生殖補助医療によって「生まれる子の福祉」を尊重するという理念に基づく価値・倫理的判断も求められるようになり、また、子が出自を知る権利など、これまでにない問いかけへの対応が社会に求められました。こうした急速で複雑な展開、倫理観との軋轢、社会への波紋が、諸国において生殖補助医療を社会的な管理下に置く背景・原因となったともいえます。

 

(2)諮問委員会と法律及び管理機関の成立

 英国では、1982年に「生殖補助医療及びヒト胚研究に関する諮問委員会」(Committee of Inquiry into Human Fertilisation and Embryology)が設置されます。同委員会は哲学、神学、行政、助産婦、医師、心理学、医学研究、ソーシャルワーカー、弁護士、里親協会、財団理事長など多様な領域から選任された計16人の委員で討議を行い、1984年に報告書(Warnock Report,ワーノック報告と呼称)を公表しました。

 この諮問委員会報告に基づき、ヒト胚の取扱いに関する法律(Human Fertilisation and Embryology (HFE) Act)が1990年に制定され、それに基づいて、翌1991年、ヒト胚の管理機関(Human Fertilisation and Embryology Authority (HFEA):ヒト受精・胚委員会)が世界で最初の生殖補助医療の管理機関として設立されます。本法律と機関との成立により、それまで産科婦人科学会によって自主的に行われていた管理業務が公的制度に移行することとなりました。



3 英国のヒト胚管理制度における管理機関(HFEA)の役割


(1)公的管理機関HFEA

 ヒト胚の取扱いに関する法律(HFE Act) は、専らヒト胚の管理に関わる機関としてHFEAを設立するとし、その基本的機構・機能の具体的内容について規定しました。HFEAは、保健省の管轄下に置かれる公的機関であり、閣内相はHFEAに対し権限を有し、HFEAは報告義務等を負っている一方で、その活動に高い独立性が確保されていることが特徴の一つです。その機能と行政組織上の位置付けは、わが国の独立行政委員会(国家行政組織法第3条に基づく、独立性のある行政委員会)に相当するとみなせます。すなわち、府・省の外局に(通例)位置し、独立して機能する行政機関で、例えば、総務省の公正取引委員会がこれに相当し、敢えて挙げればHFEAと類似の機関といえます。以下にHFEA Annual Report 2003/2004、及び2002、さらに現地取材結果を踏まえて、当該機関について述べます。(最新版はAnnual report and accounts 2022/2023)

 

(2)HFEA機関の性質と構造

1)構成

 議長を含む18人の委員と日常業務を担当する約100人のスタッフが、6つの機能別の部門(委員会・作業部会)を分担する構成で、業務を行います。独立性、客観性の確保のため、議長、副議長及び少なくとも委員の半数は、法律、経営、社会学、患者団体、宗教等の背景を有するなどの一般人(lay person)から選ばれた者で構成されます。

 

 HFEAの委員会には、機能に応じて①組織・財政委員会(Organisation & Finance Committee)(6名)、②規制委員会(Regulation Committee)(6名)、③査察委員会(Audit Committee)(7名)、④科学的臨床的先進グループ(Scientific & Clinical Advances Group)(12名)、⑤倫理・法委員会(Ethics & Law Committee)(12名)、⑥情報管理プログラム(Information Management Program)(13名)があり、各々が機能します(委員には重複があり、また人数には、保健省からのオブザーバーなどHFEA委員以外の者を一部含みます)。

 予算の規模は2003年度で約750万ポンド(約15億円)。約半分をライセンス料、残る半分を政府(保健省)からの予算で賄っています。支出は人件費が360万ポンドで、残りがその他の経費等になっています。

 

2)透明性

 HFEAは常に社会に対する透明性を向上させるための努力を行っています。特に活動状況・財政状況や管理上得られた情報に関する広報活動の徹底が図られます。このことは、Annual Report等の報告書にも示されています。その基本姿勢は、ステークホルダー(関心ある公衆や関係者)には徹底して対応(情報提供、意見聴取)することであるといえます。HFEAは“Engaging with the public”として以下のとおりのコミュニケーション活動を行っています。

①オープン会議:課題に対するコンサルテーションペーパーを作成・公表して、知識の共有 

 を図り、広く告知して、当該課題についての公衆とHFEAの委員との討論会を開く

②患者への援助:患者向けガイドブック(HFEA Directory of Clinics 2003/04)の作成などで

 患者の選択を助けている。また、患者団体(Infertility Network UKなど)と共同して、生

 殖補助医療を体験した人から得られた知見を広めるなどの活動もある。

③年次シンポジウム:生殖補助医療関係者や、患者団体等、ステークホルダーの意見聴取と

 それへの対応のためのチャンネルとして開かれている。

④プレスオフィス:同オフィスは24時間対応で、多い日には150件の応対もあるという。

 

 さらに、HFEAのスタッフは以下のとおり公募で採用され、その意味でも社会に開かれています。

⑤委員の公募:議長を含むHFEAの委員・職員の採用は公募によって行われており、あらゆ 

 る差別・偏見を排した機会均等性を与えると宣言しています。新聞等に広告を掲載して募

 集し、HFEA議長、HFEA委員、保健省の担当者の3名による面接等を経て選考されます

 が、1例では、4名の委員枠に対し339名の応募があったといい、HFEAの業務に対する社

 会的関心や評価の高さが窺い知れます。

 

3)独立性

 HFEAは保健省に属する行政機関です。閣内相(現状では保健省大臣)が委員を任命し、実施規範の承認、免許料の承認を大臣に求める必要があるほか、当該管轄事項に関する同大臣への報告義務をもちます*。しかし、その審議や決定において、各委員会がそれぞれ責任をもつことにより、保健省からも、RCOG(英国産科婦人科学会)のような専門職能集団などの団体からも、独立性を保っているといわれています。先に述べたとおり、議長、副議長等は利害関係者以外から任命されています。

 関係者によれば、保健省とHFEAとの関係は良好な「リエゾン(liaison)」の関係であるといわれ、互いに常時連絡し合い、良好な連係する関係を有するとされています。しかし、予算面などでは相互の軋轢も存在するという意見も聞かれました。

*:一部は形式的に議会も関与しています。

 

4)専門家と一般市民

 専門家の協力がなければ、専門的事項の適切な理解・把握は不可能であり、一方、一般市民の参加がなければ社会的意思決定は成立しません。生命倫理問題の解決には、専門家と一般市民との相互協力が不可欠であると考えられます。

HFEAにおいて、議長・副議長は非専門家です(医者、生殖補助医療関係者、グラントを取得する研究者ではない)ことが求められ、委員会においても専門家の割合を、非専門家の3分の1から2分の1までに抑えるよう規定されています。さらに、上記のように議長を含む委員は公募によります。

 実施規範の策定、査察の実施というプロセスに専門家は欠かせません。しかし、専門家による援助や技術的な判断基準をもつことに加えて、HFEAの主要な軸となっているのは、一般市民の意見・立場を勘案して社会の判断を代行する視点を備えることであり、このことがまた、英国の管理システムが社会的信託を得ることの裏付けとなっていると考えられる根拠となる点です。


(続く)

 
 
 

最新記事

すべて表示
参議院選挙 関連(結果御報告)

2025年7月20日投票日の開票が終了いたしました。  36,529票  投票くださいましたお一人お一人に感謝の気持ちをお伝えしたく思います。  落選の結果で、国会・参議院における御期待にそえる活動ができないこと、申し訳なくお詫び申し上げます。...

 
 
 

Comments


bottom of page