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牧山康志
国政のガバナンス広場
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賃金・年収、税、そして共同体・国 と生産性(2)アイルランド

  • makiyama@allgovern.com
  • 4月12日
  • 読了時間: 8分

◎脱線 日々コラム6 


前回、生産性の国際比較を見た時に、1位にあったアイルランド。何が世界首位の要因になっているのか、気になります。

 

 アイルランドの経済構造や、1位である理由などについて、外務省、内閣府、三菱UFJリサーチ&コンサルティング(土田陽介)、あるいはアイルランド政府の「IDA Ireland com」

などの情報を参照しながら整理してみました。

 

 まず、アイルランドは北海道のおよそ8割程度の国土を持つ緯度はさらに北方に位置する、人口515万人(北海道も520万人ほど)の国であり、アイルランド・ゲール語と英語が公用語で、EU諸国の中で唯一の英語圏(英国は2020年にEUを離脱)でもあります。

 主要産業は、金融、製薬、情報通信、食品・飲料などで、輸出品目は輸出の50%以上を占める化学品(医薬品等)や、機械・輸送機器などです。

 特にアイルランドが注目されるのは70年代、80年代は、インフレと高い失業、大幅な財政赤字と経済財政政策上の困難に直面し続けてきたといわれていますが、しかし、90年代半ば以降は非常に高い成長(特に、95年から2000年の6年間の平均では9.7%)を遂げ、国民一人当たりのGDPも90年の対米国比で56.0%が2005年には93.4%にまでに達したことです。また、時間当たりの労働生産性は米国を上回る水準で推移しているといいます。

 

 この変化・成功のもとになった要因は何か、みていきます。


(1)外国資本の直接投資の多さ

 約1,700の多国籍企業がアイルランドに進出していて、直接投資、設備投資、雇用創出、給与支出を通じて、アイルランドの社会と経済に積極的に貢献しており、その多くは10年以上のアイルランドでの実績を有しています。

 アイルランド政府産業開発庁(IDA Ireland、Ireland's Foreign Direct Investment (FDI) Agency)は、アイルランドへの外国直接投資(FDI)の誘致を目的とした政府機関で、アイルランドでの事業設立や拡張、多様化を支援しています。結果として、IDAのクライアントの多国籍企業が総輸出の72%(2020年)、法人税の70%を占めています

 あるいは、アイルランドのリーディング産業である、ソフトウェア、医薬品、コンピュータ、電子機器では外資系企業の生産高がほぼ100%に近く、これらの産業の雇用はアイルランドの雇用の5%以下であるにもかかわらず粗付加価値(企業が生産活動やサービスの提供によって新たに付加した価値のことで、減価償却費を含めて計算したもの)の3分の1近くを産み出しているとされます。


 アイルランドのGDP(国内総生産:国内で1年間に生産されたモノやサービスの付加価値)は2023年に約5099.52億ユーロ、GNI(国民総所得:居住者が国内外から1年間に得た所得の合計)は2023年に約3883.52億ユーロでした。(2023年当時為替でGDPはおよそ79兆5,400憶円、GNIは60兆5,826億円)

 国民一人当たりでみると、GDPで103,466 ドル(1,531万円)で世界第2位、GNIをみると2022年において79,730ドル(約1,196万円)で、世界第4位の高水準です。(ドル:米ドル)


 GDPが「国内で1年間に生産されたモノやサービスの付加価値」であるのに対し、GNIは「居住者が国内外から1年間に得た所得の合計」を表します。多国籍企業の場合、海外にある親会社へ移転される配当金や再投資収益の額が増えているためにギャップが大きくなります。ちなみに日本の場合は(2023年4~6月期の年額換算で)名目GDP 589兆円、GNI 635兆円となっているとおり(日本経済新聞)、逆に日本のグローバル企業の海外での収益が反映されるなどでGNIがより大きな額となっています。国民一人当たりにすると、2022年の数値でGDPでは453.5万円、GNIでは480.7万円となっています。なお、実質GDP(物価上昇を加味)では441.7万円でした。

 

(2)アイルランドにおける年収と生活

 2023年の平均年収でみると、アイルランド58,374ドル、日本32,409ドル とされ、アイルランドが世界第11位、日本24位となっています。

 ちなみに、日本人の年収は日本円で平均460万円、中央値351万円(三菱UFJ銀行)とされています。

 

 他方、世界各国・各都市の情報に関するデータベースNumbeoの「生活の質インデックス」は、購買力・医療・治安・生活費・公害・気候・不動産価格の年収倍率、通勤時間という8つの項目をもとに各国の「生活の質」を数値化していて、これによれば、2023年上半期でトップになったのはルクセンブルク。以下、オランダ、アイスランド、デンマークなど、北欧をはじめとする欧州諸国が生活の質や人々の幸福度が高いとされています。その中で、日本は17位、アイルランドは28位の順でした。

 ヨーロッパ以外での最上位はオマーンの7位、アメリカは16位でした。

 アイルランドはこの生活の質インデックスでは欧州で最下位にあるとされ、過去10年間の好景気の一方で、ガス料金は欧州平均の2倍以上、定年の年齢が高く(64.1歳)、平均寿命は78.1歳と短いなどが要因として挙げられています。(ニューズウィーク日本版、AFP BB news、GLOBAL NOTE など)


 ちなみに2025年3月のアイルランドのガソリン価格は1L当たり 1.95米ドル、すなわち日本円にして292円程度となります。(アイルランド:日本の比較で、年収1.8倍に対してガソリン代は1.6倍程度)

 

 さて、アイルランドの高生産性は生産性の高い分野の多国籍企業に依拠しているのですが、ではなぜ多国籍企業がアイルランドを投資先とするのかを見てみます。

 

(3)海外資本の投資先として

 内閣府の分析をみると「多国籍企業の集積による産業構造の変化の背景には、低い法人税率を強みとして外資企業を誘致していることがある(図12)。加えて、OECD(2020、2022)は、若年人口比率や教育水準が高く、英語圏10であるというアイルランドの特徴が外資企業の誘致につながっていると指摘している。実際に主要国の対内直接投資残高(GDP 比)と29歳以下人口比率、大卒以上比率の関係を見ると、正の相関があることが確認できる(図13、図14)。また、英語圏と非英語圏の国を比較すると英語圏の国の対内直接投資残高(GDP 比)が大きいことがわかる(図15)。」とされます。



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(内閣府)


 つまり、低い法人税率、29歳以下の若い高学歴人材、英語圏、そしておそらくEU加盟国であること、これらが多国籍企業をアイルランドに呼び込んでいると考えられます。

 では、そうした多国籍企業が主導する状況はアイルランドにとってGDPを押し上げるほかにどのような影響をもつのでしょうか。


 通信社ロイターはアイルランド財務省チーフエコノミストのジョン・マッカーシー氏の発言として、急増した法人税収の半額以上が多国籍企業わずか10社からという構図は、経済が「信じられないほどの脆弱性」を抱えていることの表れだと述べていることを伝えています。多国籍企業は法人税率の低いアイルランドに相次いで拠点を設置。その結果、同国税収全体に占める法人税収の比率が増大して(2022年前半で税収の25%)多国籍企業に関係する何らかのショックが起きた場合、財政に深刻な影響を及ぼしかねないことへの懸念です。例えばフェイスブックやグーグル、ファイザーなど少数の多国籍企業が全体でアイルランド労働者の約9分1を雇用している形で、しかも高い給与を支払うケースが多いことから所得税も含めれば、少数の企業からの税収集中度はさらに高くなる、というわけです。

 

(4)アイルランドを通して考えること

 生産性の髙い企業が増えればその国のGDPは押し上げられ、雇用・年収も向上します。その意味で生産性の髙い企業を増やす、高生産性を広げていくことは重要です。国内・国外企業によらずプラス効果はあります。しかしながら、先に見た通り、生産性は業種の違いによっても大きく異なっており(例えば、宿泊・飲食サービス業に比べ情報通信業が規模の大小によらず高生産性であるなど)、必ずしもすべての業種で髙生産性が得られるとは限りません。生産性を高める工夫は常に考えられるべきですが、一方で、仮に生産性は低いとしても社会を支え・成り立たせるために必須の業種も数多く存在すると考えられます。それゆえ、すべてを高生産性にというばかりではなく、社会全体を俯瞰した場合に、生産性の髙い業種から得られた利益を社会で分配して多様な業種の成立・存続を支えることは必然に基づく合理性があるといえます。


 それゆえ一つの結論は、支援が必要なところに支援が届き、ゆとりある場合には支援をする側に回る、当たり前と思えるそうした助け合い社会を構成してこそ初めて、生活しやすい、幸福な社会を形成できるという結論である、といえそうです。

 その時にはどのような社会制度・仕組みの中でそれを行えば不平等感や歪がなく、かつ資本主義らしい動機付けを尊重しつつ、助け合いを最適に行えるか、そのことが政治課題としての重要性を一層増していると考えられます。

 富の再分配の現代的な見直しをする、そのことは、助け合って生きてきた人類本来の能力と性質・属性、あるいは人間的思考・感情をどのような形で社会制度にするかという社会技術的課題として、知恵を動員して答えを獲得する根本的課題とみることができます。そこに歪や不安定さを生めば社会は幸福度を保つことが出来なくなると思われ、その意味で場当たり的ではなく、しっかりとした「構築」が求められるタイミングでもあると考えられます。

 (特に、財政的窮地にある日本政府の現状において、「本音」や「必然」に向き合わない無駄な給付などしている余裕などどこにもないのです。給付でも必要なこと、必要なところにターゲットしなければいずれ崩壊が訪れることになるはずです。(もはや逃げてはいられないのです。))

 
 
 

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